セピア色の異空間『金沢 純喫茶ローレンス』

私が、女子高生だった頃、初めて入った純喫茶が『ローレンス』だった。

ゴシック調の古びた螺旋階段や、枯れた草花で溢れた店内は、ジブリやおとぎ話に出てくるような雰囲気で、まるで異世界に迷い込んだ気持ちになったのを今でも鮮明に覚えている。

あれから、十数年以上経つが、今でもその雰囲気は変わっていない。
足を踏み入れたその時から、時が止まったようなセピア色の異空間のよう。

純喫茶ローレンスは、そんな不思議で特別な場所。

金沢市の中心街にある、純喫茶ローレンス

ローレンスは、香林坊東急スクエアビルのすぐ横。
黄色い看板が目印のドラックストアの、右隣にある建物の3Fにひっそりと佇む純喫茶である。

建物の横にある細い看板を上ると、「純喫茶 ローレンス」の味わいある看板が。

階段の途中には、ドライフラワーのオブジェが飾られていた。

細く薄暗い階段をどんどん登っていく…

階段を登りきると、ようやく「LAWRENCEローレンス」と書かれた、扉に辿り着いた。
古い月日を感じさせる少しくすんだ白い扉。

開けると、少し淀んだ空気と煙草の匂いがふわりと鼻をかすめる。

時間は土曜日の3時過ぎ。20~30代の若い人で席は埋まっていた。

「いらっしゃいませ。」

よしもとばななの小説、アルゼンチンババアを彷彿とさせる、ミステリアスな風貌のマダムが出迎えてくれる。
十数年前と風貌が変わらない。まるで魔女のような女性…

「今日はお客様がいっぱいなんです。でも、こちらの方に前以て相席になるかもって話しておいたの。それでも大丈夫ですか?」

見ると、品の良いご婦人がひとり、席に座っており、ニコリとこちらに笑いかけてくれた。有難くご一緒させて貰う。

いつもの事だと、みな心得た様子。

常連さんらしき人が、「面白い店でしょ?」と声を掛けてくれた。

枯れた草花で溢れたローレンスの店内

店内は薄暗く、落ち着いた感じ。

BGMはゆったりとしたレコードが流れている。
生のレコードが聞ける喫茶店やカフェは、県内ではここくらいじゃないだろうか。
今日はクラシックだったが、前回はリュートが流れていた。

リュートとは、弦楽器の一種。
狭い室内での演奏を目的として作られているので、音の響きは良くない。それが後に改良されて出来たものがギターと言われている。切なくどこか悲しい音を奏でる。主に中世からバロック期にかけてヨーロッパで用いられた古楽器だ。

ダウランド:リュート作品全集

トウモロコシ、ほおずき、睡蓮、花梨などが、どのテーブルにも溢れんばかりに乗せてある。
(どこで見付けて来たのか、シワシワの大根も入っている…)

テーブルだけでは無く、店内は至る所に草花(ドライフラワー)が。

壁に飾ってある何枚もの特大のレリーフ。
これは、女主人のご両親が作った作品なのだそう。
てっきり職人さんに頼んで作ってもらったと思っていたので、驚いた。

「作ろうと思えば、作れてしまうものでしょ?」なんてさも当たり前のような顔で言っていた。
さすが、芸術家は言う事が違う…

昭和30年代、純喫茶ローレンスがある片町周辺は、昔は映画街だった。

今、金沢中心街で映画を見れる場所は東急スクエア内のシネモンド一店だけである。
ドキュメンタリーや仏映画など、芸術的で感性を刺激する作品を厳選している。
CGや迫力だけのハリウッド映画に飽きた人はぜひ足を運んで見て欲しい。
金沢シネモンド

そんな映画街ど真ん中で育った彼女は、両親と一緒に、幼い頃から沢山の映画を見てきたそうだ。

大体映画は2本立てで、自分達は学校に行くために、いつも途中で抜けなくてはいけなくて、最後まで見られる大人達が羨ましかったと話していた。

不思議なお店のインテリアも、そんな研ぎ澄まされた感性の産物なのかも知れない。

ローレンスのメニュー

「メニューは一つしかなくて、順番に渡しています。」
そう言われて手渡された、テープライターで手作りされたメニュー表。

表紙からしてお洒落だが、中身も、とってもステキだ。
色合いのセンスが良い…参考にさせて頂こう。

因みに、おススメの手動テプラ。
こんなメニューや、センスとアイディアがあれば色々なモノが作れます。
DYMO(ダイモ) ラベル・テープライター

「右下のメニューは基本ありません。」との事。
こちらがそのメニュー。

フードメニューは昔も今も幻のまま、一度もお目にかかった事がない。
出会えたら相当ラッキーなので、ある時は是非注文してみて下さい。
そして是非とも私に感想を教えて下さい。笑

取り敢えず、ホットココアを注文する。
店の隅にある1畳程の小さな厨房で調理をしてくれる。
漂って来るビターな香りがつかの間の幸せを感じさせてくれた。

暫く後に出された、大き目のマグカップなみなみに注がれた熱々ココア。

バンホーテンの缶が置いてあったので、多分バンホーテンココアだと思う。
「美味しいかは分からないけど、手は抜きたくない」と言う主人が、ココアパウダーから練って作ってくれる本格ココアだ。旨くない訳が無い。

スペシャルホットミルクコーヒーを注文した連れも、「丁寧に作られたコーヒーの味がする」と満足気。

フードメニューが無い代わりに、いつもサービスでお菓子を付けてくれる。
「隣のスーパーで買ってきた安物です。」なんて言うけれど、これも嬉しい心遣いだ。

たっぷりの飲み物と、お菓子でいつも心とお腹が満たされる。

直樹賞・五木寛之氏も。ローレンスは芸術家が集う場所

金沢は、沢山の知識人・小説家を生み出してきた町だ。
そんな人達に、ローレンスは昔から愛されてきた。
小説家・五木寛之もその一人である。

五木 寛之(いつき ひろゆき、1932年9月30日 – )は、日本の小説家・随筆家。作詞や仏教・浄土思想に関する著作も多い。
1966年、モスクワで出会ったジャズ好きの少年を題材にした[1]『さらばモスクワ愚連隊』により、第6回小説現代新人賞を受賞、続いて同作で直木賞候補となる。1967年にソ連作家の小説出版を巡る陰謀劇『蒼ざめた馬を見よ』で、第56回直木賞を受賞。同年『週刊読売』連載したエッセイ『風に吹かれて』は、刊行後から2001年までの単行本・文庫本の合計で460万部に達した。1969年には雑誌『週刊現代』で『青春の門』掲載を開始した。1970年に横浜に移る。
( 引用元:wikipedia )

氏はいつもこの左奥の席に座って、執筆活動に勤しんでたそうだ。
直木賞を受賞した際も、ここローレンスで連絡を受けた。

女主人と小説家 五木寛之さんのエピソードは、こちらの毎日新聞のサイトに詳しく記載されている。

マダムの本業は喫茶店経営ではなく芸術家。
元々はお父様が経営していて、亡くなった後を継いだそうだ。
訪れる客が絶えないので、今では喫茶店の空いた時間に作品製作を行っているとの事。

「今日も寝たのは4時間。私もう60も過ぎで、体の色々なところが悪いの。この店は最近50周年になったのだけど、それ以上続けると命の保証は無いよってお医者さんにも言われてます。」

「お店は年中無休だから、どこにも行けません。かと言って、外に出たいとも思わないのだけど。人ゴミは嫌いだし。外って色々嫌な目に会う事が多いでしょう?」

「美術館に展示しなくちゃいけない作品もまだ手掛けてないし、自分でも接客には向いてないと思ってるから、本当はやりたくないんです。」

と言いつつ、結構おしゃべり好きな主人。

私は好奇心に火が付くと初対面の人でも色々質問責めにしてしまう悪い癖があるが、気にする様子もなく、ごくごく自然に、丁寧に対応してくれた。

ローレンスは2016年5月5日で50周年を迎えた。

その時記念として個展が開かれたらしい。
店内でも絵画常時展示されており、見る事が可能だ。
しかし、オブジェに関しては完成して直ぐに依頼人へと手渡されるので、お目に掛かれるのは非常に珍しい。
何でも、半裸で鼻毛を生やした女性の像が人気との事。ナニソレに気になる…

そんな個性的な店と主人の元に、吸い寄せられるように、これからも沢山の芸術家がこの店を訪れるのに違いない。

まほろばの店 純喫茶ローレンス

金沢でも奇異な存在の純喫茶ローレンス。

ずっと時が止まったような場所だが、以前は50周年を過ぎたら店を畳むかも知れないとも言っていた。
主人の体調もあり、今後はどうなるか分からないので、気になると感じたら、早めに向かうことをおススメする。

「今は中身が薄い人が多い…(中略)…あなたは何の仕事をしている人?」

「中身の無いものに惑わされちゃ駄目よ。あなたはまだ芽吹いてない可能性の種を沢山持っているから、直感を鋭くして、しっかりと見定めてね。」

「体に気を付けて、またいらして下さい。」

占いの心得もある主人に、唐突にアドバイスをされる。
帰り際にそんな事を言われると、困ってしまう。
このまま去るのが忍びなくなってしまうではないか。

健康は何にも変えられないけれど、我儘を言うならこれからも元気で続けて欲しい。
名残惜しさを感じつつ、店を後にした。

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純喫茶 ローレンス
石川県金沢市片町2-8-18
076-231-1007
年中無休 19:00閉店
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